本間メイ Mei Homma

本間メイ Mei Homma
「忘れかけた言葉と、新しいアクセント(訛り)」 “Words are being forgotten and new accents.”

-Please scroll down for English texts-

本展では、九州やインドネシア各地でのリサーチトリップを通し、様々な境遇を生き抜いた女性たちについて思いを巡らせながら制作した2つの映像作品を2日間にわたって展示します。

インドネシア人小説家プラムディヤ・アナンタ・トゥールの歴史小説『人間の大地』『すべての民族の子』に描かれる日本人女性マイコに関するエピソードをきっかけに、本間は第二次世界大戦前に東南アジアで暮らしていた日本人移民の足跡を辿るため、2016年からリサーチと制作を続けてきました。今回はプラムディヤと日本人移民の接点を探るとともに、当時多くの女性たちが渡航に至った社会的・歴史的背景や来日外国人との関係を調べながら、作られた日本人女性のイメージについて考察します。

また、プラムディヤがマルク諸島にあるブル島に政治犯として流刑されていた時に出会った、日本軍によってジャワ島スンダ地方から連れてこられ、戦後も帰ることができずブル島で生活していたインドネシア人女性Siti. Fの記憶を、プラムディヤが他の政治犯とともに記録したダイアローグを元に、マルク諸島特有のムラユ語訛りを交えたナレーションによって再考していきます。

会期:2018年3月30日(金)、31日(土)

会場:S.Y.P Art Space(〒162-0065 東京都 新宿区住吉町10-10)

時間:13:00-19:00

入場無料

企画:本間メイ

協力:CAMP

助成:公益財団法人テルモ生命科学芸術財団

//////////

CAMPトークイベント:本間メイ「忘れかけた言葉と、新しいアクセント(訛り)」展をめぐって

http://ca-mp.blogspot.jp/2018/03/meihomma.html

//////////

北九州から福岡、長崎、熊本、そしてジャカルタ、バンドン、マカッサル、アンボン、ブル島、ブローラなど各地でのリサーチトリップで見聞きしたものや制作背景について作家が話をした後、参加者を交えてディスカッションを行います。

日時:2018年3月30日(金)19:00~21:00 *イベント中は展示を見ることができないのでご注意ください

場所:S.Y.P Art Space(東京都新宿区住吉町10-10)

定員:15人(当日先着順、予約不要) 参加費:無料

【 ゲスト 】

本間メイ(アーティスト)

【 スケジュール 】

19:00-19:45|上映

《Anak Anak Negeri Matahari Terbit -日出ずる国の子どもたち−》

《About a missing woman from Java found in the Buru Island(ブル島で見つかった、ジャワ島出身の行方不明の女性について)》

19:45-21:00|ディスカッション

<アクセス>

都営新宿線 曙橋駅A2出口から徒歩3分

https://goo.gl/maps/qsUnjnbxci22

【 プロフィール 】

▼本間メイ|Mei Homma
1985年東京生まれ。2009年女子美術大学芸術学部芸術学科卒業 ​。2011年チェルシー芸術大学MAファインアーツ修了。東京とバンドン(インドネシア)を拠点に活動。近世から現代にいたるインドネシアと日本の歴史的関係のリサーチを基点に、現在にも通ずる社会・政治的な問題や多国間関係を考察し、映像作品やオブジェ、ドキュメントを組み合わせたインスタレーションを発表している。

///Words are being forgotten and new accents.///

This 2-days exhibition shows 2 video works of Mei Homma. She has been doing research trips in several places in Kyushu, Japan and Indonesia to know women who survived from different circumstances.

Since 2016 she has been researching and making artworks about Japanese immigrants in Southeast Asia before WW2, inspired by a character of Japanese woman Maiko in Indonesian novels “Bumi Manusia (This Earth of Mankind)” and “Anak Semua Bangsa (Child of All Nations)” by an Indonesian author Pramoedya Ananta Toer. For this show, she has explored what the point of meeting was between Pramoedya and Japanese immigrants, and researched on the reason why many Japanese women went abroad at that time to investigate how the image of Japanese women was formed.

She also tries to reconstruct the memory of a Sundanese woman Siti. F who was brought to the Buru Island in Maluku from Java by Japanese armies during WW2. Siti. F couldn’t go back to Java after the war, and Pramoedya met her when he was imprisoned in Buru as a political offense in 70’s. In Mei’s video work, a voice-over was made with a Melayu accent in Maluku using a dialogue that Pramoedya and other political offences documented.

Date & Time: 30-31 March 2018 at 13:00-19:00

Venue: S.Y.P Art Space (10-10 Sumiyoshi-cho, Shinjuku-ku, Tokyo 162-0065)

Admission Free

Support: CAMP

Grant: TERUMO FOUNDATION for LIFE SCIENCES and ARTS

【 CAMP Talk Event 】*Discussion is Japanese language only. The exhibition can’t be seen during the event.

The talk & discussion will be held in collaboration with CAMP.

Date & Time: 30 March 2018 at 19:00-21:00

19:00-19:45|Screening《Anak Anak Negeri Matahari Terbit -Children from the Land of the Rising Sun-》《About a missing woman from Java found in the Buru Island》

19:45-21:00|Talk & Discussion

<Access>

3 minutes walk from A2 exit of Akebonobashi station, Toei Shinjuku line.

<Map>

https://goo.gl/maps/qsUnjnbxci22

▼Mei Homma 

Born in Tokyo, 1985. Based in Tokyo and Bandung (Indonesia).

2009 BA Art Theory, Joshibi University of Art and Design, Kanagawa, Japan

2011 MA Fine Art, Chelsea College of Arts

With my research on historical relationships between Indonesia and Japan from the early modern period to the present times, I make videos and installations using objects and archival materials to explore social and political issues would happen in any period and multilateral relationships.


Sanae Yamada  山田 沙奈恵 「群れたち」

山田 沙奈恵   Sanae Yamada
– 群れたち –


会期
2018224()−310()
時間 13:0020:00   月・火曜日は休み
会場 S.Y.P Art Space
オープニングレセプション 2 24 ()18:0020:00

山田沙奈恵ウェブサイト http://sanaeyamada.com

本展では、ポートランド(アメリカ、オレゴン州)での滞在制作を通して制作された「Rhythms from Neighborhood」、新潟県の松之山の集落で、冬季に降雪から家を守るためのルーティンワークである「雪ほり」に取材した「With Friction, As Friction」など、山田自身が異なる環境に身を置くことによって作られた二つの映像作品と、並行して制作された小作品を展示します。

「滞在制作という形で各地に少しずつ滞在するなか、場所や個体の有限性に基づいて、マイクロな文化圏ともいえるような集団がそれぞれに形成されているのを見てきました。その中で人は風景のストラクチャーの一部であるかのように分かち難く機能していて、私はそれぞれの独自性に魅了されながらも、集団同士の別々さや動かしがたさに、部外者として触れがたいものを感じ、途方に暮れる思いがすることがしばしばありました。そのようなときに興味を惹かれることは、日常のルーティーンや労働などの振る舞いが、その個のなさゆえに個の有限性を超えて過去や未来へと結びつくこと、そうした無名性のもたらす領域や、あるいは視点のスケールや時間の縮尺を変えて眺めたときに、別々の集団とみえたものを編成しなおせるような可能性です。

そうした思考を制作の中でイメージへと比喩的に変換し、制作のうちに現れた予期しないものや、作品となった結果を現実のメタファーとして逆方向へ翻訳する。そのような往復する思考の通過するところとして、展覧会を構成します。」

山田沙奈恵

1987年群馬県生まれ、東京都在住。
武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業、東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。

社会において共有されたイメージと、特定の場所に個別の身体を持って生きることとの摩擦をみつめること、それらが接続しうる瞬間/状況を見つけることを目的として制作する。アーティストインレジデンスなどの機会を用いて、自然と境を接する集落の周縁部や、都市開発の現場など、複数の視点がぶつかる場所を観察することを制作の起点としている。
インスタレーション、映像、ドローイング、写真など、作品に応じてメディアを横断し、組み合わせて使用する。しばしば物事の間の類似を比喩として用いて、生活のルーティーンや個人的な体験などの延長線上に、既にイメージとなって身体感覚から離れてしまったものを想起させるなど、制作行為の中でその連続を辿ろうとしている。


– Experimentierfeld TOKIO – SYMPOSIUM


2017.5.19 Fri 19:00-21:00

SYMPOSIUM シンポジウム
Talks and Lectures at the Temple of Anyo-ji

 

Katharina Gruzei: Experimental Field: A residency series about Art Projects in Public Space
カサリナ・グルゼイ: 公共空間でのアートプロジェクトに関する滞在制作シリー

Manuel Schilcher: The Production of Place and Public Art in Interwar Japan and its Western Influence
マヌエル・シルヒャー: 戦中日本に於ける場所とパブリック・アートの制作と西洋的影響

Tadasu Fujii: Is another people‘s revolution possible?
藤井匡:オルタナティヴな市民革命は可能か?


ライナー・ノエバウアー – ご挨拶・活動の紹介

ライナー・ノエバウアーさんが観客を歓迎し、エクスペリメント・フィールドのシンポジウムの基調講演を行います

ライナー・ノエバウアー: 1979年生まれ。リンツ工科造形芸術大学を卒業。エクスペリメント・フィールド・シリーズの設立者。オーストリア内外で、アーティストおよびキュレーターとして活動

– – –

カサリナ・グルゼイ- 「エクスペリメント・フィールド: 公共空間におけるアートプロジェクトの滞在制作シリーズ

カサリナ・グルゼイさんにプロジェクトの指針に関する概要をご説明していただきます。エクスペリメント・フィールドは公共空間や特定の場所における美術作品の制作に焦点を当てた、作家達が主体的に活動するプロジェクトです。 国際的なアーティスト同士の交流やコラボレーションを目指し、公共空間でどのような芸術が可能かについての議論を促します。グルゼイさんには作家達が率先するこの活動を知っていただくために、過去に行われたエクスペリメント・フィールド・シリーズの制作された作品の事例をご紹介いただきます。 エクスペリメント・フィールドはこれまでオランダ、ドイツ、オーストリア、スイスなど各国で行われきました。 このレクチャーでは、アーティスト達のさまざまなアプローチーいかに公共空間と関わり、サイト・スペシフィックのプロジェクトを実現しているのか、あるいは公共空間との関係性の中でいかに作品を制作しているのかーについて見識を与えてくれます。

カサリナ・グルゼイ:1983年生まれ。リンツ工科造形芸術大学を卒業。ライナー・ノエバウアーと共同でエクスペリメント・フィールド・トーキョウを企画・キュレーション・オーガナイズする。 現在、オーストリア政府の助成により東京に滞在。

– – –

マヌエル・シルヒャー: 戦中期の日本における「場所」の創造と「パブリック・アート」の制作、およびその西洋的影響

16世紀以降、日本ではさまざまな公共展示の方法が確立されてきました。西洋美術館のコンセプトを輸入するまでは、対象物の鑑賞形式は、神聖なイコンとして一時的な開示(開帳)、オランダの科学的な物品や文章の教育的な陳列(物産会)、そして大衆演劇や骨董市(見世物)でした。これらの開催場所は主に寺院や神社の周りに位置し、政府の規制や支配の外にあったため、国家意識とは異なる宗教、商売、セックス、エンターテイメントの間に浮遊する公共空間の一形態を作り出す動機になりました。

20世紀初頭に百貨店の勃興により、見世物は路地からデパートの陳列窓に移行していった。ショーウィンドウはリアルなマネキン(生き人形)あるいは立体ディスプレイ(売出し街頭装飾)などで飾られ、巧みにバウハウスの近代的デザイン様式を取り入れ、顧客の注目と収入を生み出しました。アート喧伝の商業的な成功の中で、百貨店は近代展覧会の実践の場として機能し、これらの慣習は、百貨店の美術部門での額入り絵画のプレゼンテーション技術も変えました。 このレクチャーでは、ドイツのバウハウスとロシアの構成主義を日本のプロレタリアの芸術形態と比較しながら、1923年の関東地震の後に東京で街頭に持ち込まれた最初の都市アヴァンギャルド彫刻と公演に焦点を当てます。アート表象のコンセプトについて歴史的に概観しつつ、日本とヨーロッパの公共空間の利用における異文化間の相違について議論します。 さらに、西洋的な観点から、百貨店や寺院における展示方法について比較検討する予定です。

マヌエル・シルヒャー:1966年生まれ。リンツ工科造形芸術大学を卒業。オーストリアと日本で展覧会デザイナー・キュレーター・アーティストとして活動。 最近の研究は主に「東アジアの博物館での記憶のデザイン」「近代国家アイデンティティの構築における視覚芸術の役割」、「ナチスドイツと日本との絡み合い」に焦点を当てる。現在、博士論文「芸術家はどうやって戦争にいくのか:日本の歴史構築の異文化観」を執筆中。

– – –

藤井匡:オルタナティヴな市民革命は可能か?

日本の近代化に関して、二つの象徴的な出来事が寺院の空間で行われた。ひとつは明治5年の湯島聖堂博覧会、もうひとつは明治6年の公園設置の太政官公布である。前者は翌年のウィーン万国博覧会への出品作を展示したもので、この流れは現在の東京国立博物館へと繋がっていく。後者は浅草寺や寛永寺の敷地が現在の浅草公園や上野公園に転換されたものである。江戸時代の寺院の空間が社会的な役割をもっており、それが現在の日本のパブリックスペースに影響を与えていることは確かだとしても、それは国家権力に対抗するものではなかった。
建畠晢(美術評論家)は、日本における公共性という概念の不在を、西洋的な意味での市民革命の不在と結びつけて語ったことがある。実際、多くの日本人は国立美術館を「国民の美術館」ではなく「国家の美術館」として理解している。パブリックスペースも同様だろう。そもそも、ここでは公共性を前提として議論することが困難なのだ。
現状への対抗として、建畠は美術館が「緩慢なる市民革命」を実践することを提案する。パブリックスペースについても同様の実践が必要だろう。だが、そうした「緩慢なる市民革命」が西洋型の市民革命のスタイルをとることは不可能である。オルタナティヴな市民革命は可能か? 私の関与したいくつかのアートプロジェクトを事例に考えたい

藤井匡:1970年生まれ。九州大学文学部哲学科美学美術史研究室を卒業。モニュメント作品やパブリックアート作品を対象としたさまざまな賞の審査委員を務める傍ら、各大学の客員研究員、非常勤講師を経て、2012年より東京造形大学の准教授。2013年より特定非営利活動法人コンテンポラリー・アート・ジャパン理事(現在に至る)。主な著書に『現代彫刻の方法』(2014年)、「公共空間の美術」(2016年)、「成田克彦―「もの派」の残り火と絵画への希求」(2017年・共著)がある。

 

SYMPOSIUM PROGRAM SYNOPSIS – english version

Rainer Noebauer – Introduction

Rainer Noebauer will welcome the audience and give an introduction to the Experimental Field Symposium.
Rainer Noebauer, born 1979 graduated from the University of Arts and Design Linz. He is the founder of the Experimental Field Series and works as an artist and curator in Austria and abroad.

– – –

Katharina Gruzei – Experimental Field: A residency series about Art Projects in Public Space

Katharina Gruzei will provide an overview of the principles of the project. Experimental Field is an artist-based project that focuses on realizing art in public space and site-specific projects. It aims at the exchange and collaboration between international artists and encourages a discourse about what art in public space could be. Katharina Gruzei will introduce this artist based initiative and show artworks that have been produced in previous editions of the Experimental Field series. So far Experimental Field has taken place in the Netherlands, Germany, Austria and Switzerland. Her lecture will give an insight to the various approaches of artists working in public space, realising site-specific projects or developing artwork in relation to the public sphere.

Katharina Gruzei, born 1983 graduated from the University of Arts and Design Linz. She initiated, curated and organised Experimental Field Tokyo in collaboration with Rainer Noebauer. She currently has a residency in Tokyo from the Austrian Government.

– – –

Manuel Schilcher – The Production of Place and Public Art in Interwar Japan and its Western Influence.

Since the 16th century onward different methods of public display were established in Japan. Until the transformation of the Western concept of museum, objects were presented in the temporary unveiling of sacred icons called kaicho, the educational displays of Dutch science objects and texts called bussankai and the spectacles and curio shows called misemono. Mostly located around temples and shrines this venues were outside of governmental restrictions and control, motivated to create a form of public space distinct from the state, floating between religion, commerce, sex and entertainment.
With the rise of department stores in the early twentieth century misemono moved from the street into the show windows of the stores. Those were decorated with realistically created mannequins iki-ningyo and three dimensional decoration objects uridashi gaito soshoku, following Germans Bauhaus design plastics, to generate more attention and revenue for customers. In their commercial success of promoting art, department stores became an early part of modern exhibition practice as those institutions changed also the presentation technique of framed paintings at their art sections.
Comparing the German Bauhaus and Russian Constructivism with the Japanese proletarian art forms, the speech will focus on the first urban Avantgarde sculptures and performances which were brought to the streets in Tokyo after the Kanto Earthquake in 1923. In an historical overview on the conception of presenting art, the lecture will discuss intercultural differences in the use of public space between Japan and Europe. Furthermore the methods of display in department stores and temples will be questioned and compared from a Western point of view.

Manuel Schilcher, born in 1966 graduated from the University of Arts and Design Linz. He is working as exhibition designer, curator and artist in Austria and Japan. His recent work focuses on the design of remembrance in East Asian museums, the role of the visual arts in the construction of modern national identity and the entanglements to NSGermany to Japan. He is currently working on his PhD thesis titled “How do artists go to war: An intercultural view on the construction of Japanese history.”

– – –

Tadasu Fujii – Is another people´s revolution possible?

At the time of modernization in Japan, two symbolic events occurred in the space of the temple. One is Japan’s first exposition held at the Yushima Confucius Temple in 1872, and the other is the legislation of Park Law promulgated by Dajō-kan, the Great Council of Japanese Imperial government in 1873. The former displayed works which were planned to present in Vienna Exposition in the following year, and this led to the birth of Tokyo National Museum. The latter transformed traditional Senso-ji Temple and Kanei-ji Temple into current Asakusa-koen Park and Ueno-koen Park. Even if the space of the temple of the Edo era had an important social role, and it is right that it has affected the current Japanese public space, it is not a place opposed to the state power.
Akira Tatehata who is an art critic relates the absence of the concept of the publicity in Japan to absence of the people’s revolution such as the West. Actually, many Japanese understand the National Museum as “the government’s museum” not “the citizen’s museum”. The public space is the same, too. It is difficult to discuss publicity as a certain thing. As opposition to present conditions, Tatehata suggests that museums practice “gradual people’s revolution”. Similar practice is necessary for the public space. But it is impossible that “gradual people’s revolution” takes the style of the revolution of the Western model. Is another people’s revolution possible? I consider this using the example of some art projects that I participated in.

Tadasu Fujii, born in 1970, graduated from Kyushu University. He worked as a committee member of numerous Art awards for public art and monumental art, and taught in many universities as a guest researcher/ adjunct lecturer. He is currently work as an associate professor in Tokyo Zokei University as well as a director of NPO corporation ‘Contemporary Art Japan’. He is an author of two books, “Methods of Contemporary Sculpture” in 2014, and “Art in Public Space” in 2015. He is also an co-author of “Narita Katsuhiko-Ember of Mono-ha and longing for painting” in 2017.

LOCATIONS
S.Y.P. Art Space and Gallery | Temple of Anyo-ji
10-10 Sumiyoshicho
Shinjuku-ku
Tokyo 162-0065

http://arttokyo.sub.jp/
facebook.com/S.Y.P.artistspace
experimentierfeld.com
facebook.com/experimentierfeld

 

 


小澤 慶介 氏 トーク

須藤 美沙 個展
Misa Sudo Solo Exhibition
「In My Room, Into SPACE」

トークイベント
2月3日(土)14:30〜16:00
「見えないものに向かってゆくこと」

ゲスト:小澤 慶介 氏

1971年東京生まれ。キュレーター。2016年に現代アートの学校「アートト」を設立し、代表を務めている。これまでに「六本木クロッシング2016展 僕の身体、あなたの声」(森美術館)の共同キュレーターなど数々の展覧会制作に携わる。現在、富士の山ビエンナーレディレクターやAsian Art Awardディレクター、法政大学非常勤講師を兼務している。


– sweet doughnut -  Shiori Watanabe 渡辺 志桜里

 

Exhibition
2017. 12. 22 (Fri) – 2018. 1. 14 (Sun) 13:00 ~ 20:00

Close at 12.31(Sun) – 1.5(Fri) and 1.9(Tue),10(Wed)

party
 12.22 (Fri) and 1.13 (Sat)

 

statement

都会の中心に人とは隔絶された場所がある。
そこでは私たちの世界とは断切され、生き物が完全な調和をもって存在している。
取り残された場所と移り変わる都市の風景、
その間には時空を超えた永遠の道のりがあり決してたどり着くことはできない。

中心の不在とユートピアをテーマに、都市の中心、外側、そしてその境目にスポットを当て、展開します。 週末のみの展示になりますが、 よろしくお願いします。

渡辺 志桜里


Misa Sudo「In My Room, Into SPACE」

※展覧会は土日祝日のみのオープンとなっております。
他曜日にお越しになってもご覧いただくことができませんのでご注意ください。
よろしくお願いいたします。

須藤 美沙 個展
Misa Sudo Solo Exhibition
「In My Room, Into SPACE」

会期 2018年1月27日(土)−2月12日(月) 

時間 13:00〜19:00  *開場は土日祝日のみ 最終日は17:00まで 

■オープニングレセプション  1月27日(土)17:00〜19:00
■アーティストトーク     1月27日(土)17:00〜17:30
■トークイベント       2月3日(土)14:30〜16:00

「見えないものに向かってゆくこと」
ゲスト : 小澤 慶介 氏

(キュレーター。現代アートの学校「アートト」代表。富士の山ビエンナーレ ディレクター、Asian Art Award ディレクター、法政大学非常勤講師を兼務。)
*トークイベントは展覧会場にて行います

今回の作品についての解説などがアップデートされました。
須藤美沙ホームページ 
https://www.misasudo.com

作品制作のテーマ

 私は宇宙に興味があり、NASAのハッブル宇宙望遠鏡等が撮影した銀河や惑星などの写真を見るのがとても好きです。この宇宙望遠鏡は目に見える光だけでなく、目に見えない赤外線や紫外線等の光を種類別に撮影することができます。研究者が各々の画像に赤や青や黄色等の色を与え、重ね合わせて1枚の写真を作っています。このような写真の中に目に見えないものがあたかも事実のように映し出されていることに着目した私は『目に見えている世界だけが唯一の真実ではない』ということについて考え、宇宙の写真をモチーフに作品を制作し、遠く目に見えないものへ思いを馳せることのできる作品、空間を表現しようと試み続けています。

「In My Room, Into SPACE」 展示作品について

 日頃、私はPCを使って、制作のモチーフである宇宙関連のニュースや宇宙の画像について調べています。最近は、一般人の宇宙旅行や地球と宇宙間の交信、人や物資を大量に運搬できる宇宙エレベーターの建設構想などに関心があります。調査を進めながら、「もしも私の家族や友人が宇宙で暮らしていたとしたら…?宇宙船にいる友人への贈り物として3Dプリンター用のデータを送ることになったら…?宇宙エレベーターで宇宙にいる家族と待ち合わせをすることになったら…?」と未知の世界へと思いを膨らませています。

 本展では、新たな発見をテーマに、PCの大型モニターをモチーフにして紙にピンで穴をあけ描いた新作を中心に展示します。この作品画面には、宇宙旅行の架空のインターネットサイトを描いたり、地球で暮らす私と宇宙にいる友人との間で交わされるメールのメッセージや、友人への贈り物として3Dプリンター用のデータを選んでいる様子などを描いたりします。あけた穴の裏から光を通すことで、表には無数の星や画像が輝き浮かび上がって見えるでしょう。また、地球と宇宙間のメールをテーマにしたPC型・タブレットPC型の紙作品、「SPACE TRIP(宇宙旅行)」を特集した架空の本をモチーフにした120号の鉛筆画を発表します。いつかやってくるかもしれない、宇宙における日常生活を想像させ、地上と遥か遠い宇宙との距離の差について考えられるような空間を作りたいと思っています。ぜひご高覧いただけると幸いです。

須藤 美沙

 

須藤 美沙 略歴

2007 埼玉大学大学院教育学研究科教科教育専攻美術教育専修 修了               

2010 爽楓展 (夏目画廊、さいたま市)               

2011 ワンダーシード2011 (TWS渋谷、東京)    

2012 第2回爽楓展 (夏目画廊、さいたま市)

2013 第3回爽楓展 (夏目画廊、さいたま市)

2014 ワンダーシード2014 (TWS渋谷、東京)               

2014 トーキョーワンダーウォール公募2014入選作品展 (東京都現代美術館、東京)               

2015 TWS-Emerging 2015【第3期】個展[フォールスカラー] (TWS渋谷、東京)                           

2015 シブヤのタマゴ さよなら区庁舎(渋谷区総合庁舎)               

2016 個展[SPACE TRIP](S.Y.P Art Space、東京)          

2016 するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ2016(蒲原エリア 旧五十嵐邸、静岡県清水市)

 

 


Planktonic LAND -Shuhei Miyagawa-

保良 雄主催の”Experimental Studio”と題されたプロジェクトの一環として個展を開催します。

Exhibition : 12. 9 (Sat) , 10 (Sun) 13:00 ~ 20:00

今回は”浮遊する風景”についての映像作品を2点展示します。
開催期間中は、温かいお鍋を用意していますので暖を取りにお越しください。

小規模で2日間だけの展示ですが見に来て頂けると嬉しいです。

宮川 修平


“asymmetric square” Ena Magota

この度、S.Y.P Art Space では孫田絵菜の個展「asymmetric square」を開催します。この機会にぜひご高覧下さい。

会期:20171118日(土) – 1126日(日) 13:00 – 20:00

Opening Reception: 1118日(土)18:00 – 20:00

協力:S.Y.P Art Space、橋本聡、伊藤ガルシアミキ

 

 

『窓ガラスと窓の布(孫田絵菜「asymmetric square」)』

絵画は隔たった空間を眺めることのできる窓にたとえられてきました。家、車、飛行機、潜水艦、宇宙船、さらにTV、スマフォといったガラス張りの窓の展開と並走して絵画の展開を綴ることもできるでしょう。風雨、温度、気圧、海水、真空をシャットアウトする硬質なガラス張りの窓。そこから空気や水分、埃や虫などが入ってくることはありません。ガラスの透明性は、境界の先の空間を見せることで、隔たりを隠蔽し、離れた光景(画像)を都合よく量産します。

窓ガラスを目指す絵画はフレームに四辺をピンと張った布をさらに硬質化し、そして透明化しようと試みます。しかしながら、孫田は硬質化するのではなく、寧ろピンと張られた布を解き、柔らげ、そしてどのような不透明として扱うか試みます。それは、窓のガラスではなくカーテンにたとえられるかもしれません(あるいは、レンズではなく目蓋やまつ毛に)。窓ガラスは開け広げられていますが、境界上にカーテンが吊り下がっている状態です。風が吹き、布がめくれるといったわかりやすいかたちではなく、軽く揺らす程度の風が隙間から流れています。その境界の先の具体的な光景を見せるのではなく、境界自体を現わし、そして境界を挟むふたつの空間の気配や浸透が現われています。

それは、幕が開け広げられた上演中の舞台ではなく、準備する舞台と待つ客席のふたつの空間が併存し浸透する幕間のような状態。水面を眺めるのではなく、水面に浮かぶような状態。光景を眺めるのではなく、目映い光の中で半ば目を閉じるような状態です。視覚をはじめとした感覚が意識(都合)を離れ、五感の分別のない領域、起きている(現実)でも寝ている(夢)でも、生きているでも死んでいるでもない狭間の領域としてあることでしょう。

伊藤 ガルシア ミキ