反転した向こうを掘り起こす – 田尾圭一郎

「そのときにこの居酒屋は、もう一方の存在を掘り起こす利き酒を楽しめる店として、機 するのかもしれない。」

田尾圭一郎

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1980年代生まれの私は、東京という街で日本の経済成長と停滞を肌で感じながら育った。幼少の記憶として鮮明に残っている、泥遊びをしながらザリガニやカエルの卵を採集した家の前の沼地は、やがてシャベルカーで均され、コンクリートで覆われ、そしてチャリンチャリンと小銭を生む駐車場になった(そして私は遊び場をひとつ失った)。当時こそファミリー世帯の夢を背負って新しく開発された(都市部から通勤1時間圏内の!)そのエリアも、いまでは住人の高齢化が課題として挙がり、商店街は空きテナントが目立ちはじめ、路面のコンクリートにも淋しげなヒビが入っている。

世界土協会の「Dirt × (irl + url) = ?」展は、“土の居酒屋”という裏設定のもと、銘酒よろしく各地から集められた土を並べ、場所のイメージを広げながら自由に(鑑賞と言うよりもむしろ)観察し嗅ぐことを促す。私たちは酔いに任せて(?)無邪気に、色や手触り、匂いのちがいを楽しんだ。あるぐい呑を傾けてはまだ見ぬ土地を想像豊かにし、また別のぐい呑では過去に訪問したときの記憶を掘り起こす。そして、幼少に嗅いだ泥や草の匂いを思い出し、目を覚ました。

こういったプロジェクトは彼らによって過去にも行われてきたが、やはりこれまでと異なるのは、匂いを嗅ぐその度に、鑑賞者が申し訳無さそうにマスクを外していたことだ。狭く密になりがちなギャラリーにてまわりの目を気にしながら嗅ぐのは、まるで進歩主義に染まったビジネスマンが過去のノスタルジーに戻ることを後ろめたく感じてしまうようでもあり、いっぽうで新型コロナウイルス感染のサインでもある「匂いを感じなくなる」ことがなく、まだ自分が健常であることを証明するようでもあり、シーソーのように様々な思いを去来させた。